札幌地方裁判所 昭和33年(ヨ)289号 決定 1958年10月09日
申請人 王子製紙工業株式会社
被申請人 王子製紙労働組合苫小牧支部
主文
被申請人は、その所属組合員もしくは第三者をして、実力をもつて申請人または申請人の指定する者のなす次の行為を妨害させてはならない。
(イ) 別紙物件目録記載の工場東北門を通る貨物列車による、製品を出荷しまたは原材料を入荷する行為、
(ロ) 右工場北方の山林土場から、工場構内に通ずる送木水路を利用して原木を工場内に流送する行為、
ただし右の禁止は言論による説得ならびに団結による示威におよぶものでない。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、保証金五〇万円)
理由
第一申請の趣旨
一、被申請人はその所属組合員若しくは第三者をして、申請人および申請人が指定する第三者のなす別紙物件目録記載の苫小牧工場並びに山林土場(何れも送木水路を含む)への原材料、資材、食糧製品その他の物資の搬出入に対して、
(一) 運行中の諸車、トラツクの進行方向に材木、枕木、石その他の障害物を並べたり、立ちはだかつて、その進行を阻止妨害又は遅延せしめ、或はその運転手、運搬夫等の身体を拘束したり之を引ずり降したり、その積載物を引下す等その運行に支障を及ぼすが如き一切の妨害行為
(二) 苫小牧駅構内より申請人の苫小牧工場及山林土場に通ずる専用線上及びその敷地同線の踏切上に枕木、材木、石その他の障害物を並べ、又は右軌道上に於てスクラムを組み、若しくは坐臥する等の行為に依て工場及び山林土場に出入する貨車の運行に対する妨害行為
(三) その他前二号に類する妨害行為
を為さしめてはならない。
二、被申請人はその所属組合員若しくは第三者をして
(一) 申請人がその従業員その他申請人の指定する第三者を以て、山林土場より工場構内に至る送木水路に於ける原木の池入れ流送に関する一切の行為を妨害せしめ
(二) 又山林土場より工場構内に通ずる送木水路に施設した放水、門扉を開放して水位を下げたり、右の水路内に障害物を設置投入する等右水路の効用を減殺するが如き一切の行為をなさしめ
てはならない。
三、申請人の委任する札幌地方裁判所執行吏は前二項の目的を達成するため、公示その他心要な措置を構じなければならない。
第二当裁判所の判断
当事者間に争いのない事実及び当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所の一応認めた事実関係、ならびにこれにもとずく判断は次のとおりである。
一、争議に至る経過
申請人会社(以下会社という)は紙類、パルプ類およびその副産物の製造加工、販売、山林および木材の売買、造林、製材、鉱業、電気供給、運送、ならびに以上に関連する業務を目的とし、東京都に本店、春日井市に春日井工場、苫小牧市に苫小牧工場を設け、総数約四千七百六十名(内苫小牧工場約三千二百九十名)の従業員をようする株式会社であつて、別紙物件目録記載の工場事業場等を所有し、その業務を営むものであり、被申請人組合支部(以下組合支部という)は右の会社の従業員をもつて組織する王子製紙労働組合(以下組合という)の組合員中苫小牧工場その他北海道内所在の事務所、出張所、発電所および研究所の従業員をもつて組織する右組合の下部機構であつて、その組合員数は、本件争議突入当時約三千百五十名であつたが、その後脱退者があり、同脱退者約八百名が昭和三十三年八月八日王子製紙工業新労働組合(以下新労組という)を結成しかつその後逐次減少したため現在は約二千二百四十名である。
組合は、昭和三十三年二月二十八日会社に対し、賃金増額二千二百九十二円、退職手当支給率一部改訂、結婚祝金の増額等の要求を行つたが、会社側は、これに対し、就業規則を一部改訂し、十二日間連続操業し二日連続休業とする新操業方式を提案するとともに、右の改訂を前提として賃金増額七百二十七円、操業手当三百二十六円合計千五十三円を支給するが、退職手当、結婚祝金は従来どおりとする旨の回答をし、双方の主張が対立したところから、その後両者間で度々団体交渉が行われたが結局妥結するに至らなかつた。そこで、組合支部は本部指令によつて同年四月二十四日から同年五月七日にかけて断続して部分的または一斉のストライキを行い、会社はその対抗措置として同月六日工場閉鎖を行つたが、組合はその組合員に対しスト中止指令を発したので、会社も同日右の工場閉鎖を解除した。
同月十七日会社は、組合に対しさきに提案した操業方式改訂についての協力を前提として賃金および退職手当の増額に関する第二次回答を行うとともに、同組合との間の労働協約の存続期間が同年六月十日をもつて満了するので、同協約について、(一)組合を除名されたものを解雇する旨の条項を削除し、組合を除名されたものは非組合員とすること、(二)就業時間中の組合活動については勤務地における団体交渉、会社主催の労使協議会、委員会等のほかは賃金を支払わないこと等を主な内容とする改訂案を提示したところ、同組合は右の改訂案を受け入れることは到底できないとして、操業方式については譲歩して団体交渉を進めたが妥結するに至らなかつた。そこで同年六月十日の団体交渉で労働協約の満了期間を一週間延長することとし、さらに団体交渉を重ねたが結局妥結するに至らなかつたため、同月十八日右協約は期間満了によつて失効し、無協約状態となつた。
その後も同月二十三日まで数回にわたり団体交渉が行われたが結局妥結せず、組合支部は同月二十六日の二十四時間ストライキを初めとして時限ストライキを反覆したうえ、ついに同年七月十八日から全面的に無期限ストライキに入つた。
二、生産の一部再開とロックアウト宣言
ところが前記新労組と会社との間に八月十六日ころ生産再開に関する団体交渉が開かれた結果、会社は新組合員によつて保安の確保と一部操業が可能であるとの結論に達したので新組合員の就労により操業を開始することとし、新労組もこれに協力することとなり、同月十九日から同月二十八日まで前後六回にわたり、就労しようとして苫小牧工場(以下工場という)に向つたが、いずれも組合支部の組合員、支援団体主婦連らに阻止され、その目的をとげなかつた。
そこで会社は前記の状況および右の状況から、工場内の機械施設の保安・保全の必要があるとして組合支部を相手方として、当庁に対し、「(イ)組合支部は別紙図面の各赤線区域内等およびその地上にある別紙物件目録記載の建物および構築物に立入つてはならない。(ロ)組合支部は会社の指定する従業員その他の者が前項の区域内に立入ることを実力をもつて妨害してはならない。(ハ)組合支部は会社業務を妨害してはならない。(ニ)会社の委任する執行吏は前項に違反する諸行為を排除することができる。」趣旨の仮処分申請をなし、当庁は同年九月六日、右申請のうち(ロ)(ニ)を認容して((イ)(ハ)を却下)仮処分命令を発した。
会社側は同月八日以降右仮処分命令の執行に着手したが、右仮処分命令の主文の解釈につき、組合支部と執行吏および会社側との間に意見の相違があり、そのためもあつて新組合員の就労が組合支部・支援団体主婦連らに阻止され、ようやく同月十五日、警察官の援助のもとにその大多数の者が、工場に入構・就労したが、同日会社は、同日午前六時以降無期限に組合支部の組合員(但し、工場で現に労務を提供しているものを除く)に対し、工場(土場を含む)を閉鎖する旨の宣言をした。
三、争議行為の状況
組合支部は無期限ストライキに入つた後他団体オルグの応援を得て所属組合員相当数を工場各出入門および附近要所に交替制で常時配置し、ピケットを張るとともに必要に応じ随時組合員を動員できる態勢を整えているほか会社のする入出荷についての争議行為の状況は次のとおりである。
(1) 同年八月二十日午前八時三十分頃菱中興業株式会社所属の馬車が西部浴場用粉炭約二トンを積載して工場東北門から構外へ出ようとしたところ、組合役員横山久弥が同所外側門扉に鎖を巻きつけたうえ外側から施錠して開門を不能にさせその出門を阻止した。
(2) 九月十五日午前十時頃、組合員数名が、工場の北方にある山林土場構内の苫小牧川堰止水門附近の柵を乗越えて侵入し同水門開閉ハンドルにつけてあつた鎖および施錠を破壊して、いづれへか持去り、且水量調節扉を八割程度開いて放水した。
(3) 同月十七日午前八時頃組合員四名位が右土場構内に侵入し、送木水路の水量調節用排水口閉塞鉄板を取外し、持去つたので、水路中の水は排水口から苫小牧川に逸流し、ために送木水路の水位は急激に低下し、工場構内貯木池内の流送作業に支障を来した。取敢ず厚板で排水口を閉塞して水位低下を防ぎ、捜査した処、国鉄トロリー物置に立てかけてあるのを発見して持帰り、元通りに取付けた処、同九時半頃組合員等とオルグ二名を含む六、七名の者が来て、執行委員の腕章を着けた者が、右鉄板を取外すよう命じ、会社側の制止をもきかず、三名が取外さんとしたので、取外して他へ持運ばれる危険があるので止むなくこれを取外して土場構内のワイヤー倉庫へ入れた。
(4) 同月十九日午前八時頃組合ピケ隊約五十名は工場裏門前にスクラムを組んでピケラインを張り、よつて菱中興業株式会社が会社へ納入するチツプを満載したトラック二台の工場構内への入門を阻止し、その搬入作業を中止するの止むなきに至らしめた。
(5) 組合支部は前記の如く工場東北門附近にもピケ隊を配置し同門に施錠して看視していたものであるが同月二十日午前五時十分頃組合員約九十名及びこれを支援するオルグ団約三十名は右東北門前の工場専用線レール上に坐込みして会社が原木の搬入並びに製品出荷のため国鉄苫小牧駅から工場構内に回送せんとした原木積載の有蓋貨車(工場よりの製品搬出のための空車)十二輛の工場構内への進行を阻止し、その結果前記車輛を引返すの止むなきに至らしめた。
(6) 同月二十一日午前六時頃組合員のピケ隊は前記東北門前工場専用線レール上に於てスクラムを組んでピケラインを張り、よつて会社が製品出荷及工場構内で就業中の新組合員に補給すべき食糧(大根人参等の野菜、罐詰、バター等)搬入のためこれらを積載して前記同様工場構内へ引入れんとした有蓋貨車計十四輛の進行を阻止して之を引返させた。
(7) 同日午前十時二十分頃組合員約百七、八十名は、前記東北門前工場専用線レール上に於て会社が再び工場構内へ引入れんとした前記食糧の積載された貨車一輛の進行を前記同様之を阻止した。
(8) 同月二十二日午前五時二十分頃、重ねて東北門の専用線より原木積込車十輛、食糧車一輛、タンク車一輛計十二輛を苫小牧工場内へ入れようとして右の貨車が東北門近くにさしかかるや、組合員等約六〇名はその線路上に坐り込んで、貨車の入構を阻止妨害した。
(9) 更に組合員は同日午後十一時頃より翌二十三日午前零時にいたる間に山林土場西北方の送木水路起点にある苫小牧川堰止め水門開閉用ハンドルを固定した鎖及び施錠を破壊して之を持去つた。
(10) つづいて同月二十三日午前九時、東北門専用線より原木積込車五輛、食糧車一輛、王子醗酵株式会社用糖密車一輛計七輛を東北門専用線より入構せしめんとするや、前日同様多数の組合員等が線路上に坐り込んで之を阻止した。次いで同日正午すぎ頃、会社の専用線を経て王子醗酵株式会社へ入構させるべき糖密車一輛を東北門専用線より会社の構内へ入れようとしたところ、組合は之をも多数のピケ隊員を線路上に坐込ませて阻止した。
(11) 更に同日午後一時半頃会社は非組合員を以て原木を山林土場より送木水路を経て工場内へ流送しようとしたところ、組合員らは市道の橋梁のところで鎖で流木をつないで水路を閉塞しており非組合員が之を排除したところ再び水路内に丸太をならべて立て込み、そのまわりにピケをはつて流送を完全に不可能ならしめた。
四、仮処分の被保全請求権および必要性について
会社の営業は原料、資材等の購入およびそれに引き続く搬入それに一定の労働力を加えて製品を生産し、右製品を出荷販売するという三工程を有機的に結合してなされているのであり、ストライキ中であつても、組合の統制下にない従業員および第三者を使用して営業の一部門として原材料資材その他の搬入、または製品の出荷をすることは、たとえそれが労働者の賃金の喪失と会社側の経済的損失という均衡がくずれるとしても、会社の権利の行使として許されるものである。これに対し組合においても集団的ピケッテイングにより入出荷の業務にたずさわつているものに対しあるいは平和的な説得によりあるいは団結による示威の方法によりこれを阻止し、会社の営業に対し打撃を与えることは、これまた組合の争議権の行使として許容されるものである。しかしながら、組合がそれ以外の有形力を行使してそれを阻止することは正当な争議権の範囲を越えたものとして許されないものと解さなければならない。
これを本件についてみると、前記三の(2)・(3)・(9)・(11)のごとく会社が原料である原木を作業場まで流送する水路の水門開閉用ハンドルを固定した鎖および施錠をこわし、または右水路の水量調節用の鉄板を取り外したり、さらに右水路に障害物を設置して、原木の流送を阻止したり三の(5)ないし(8)・(10)にみられるように、工場東北門前の会社専用線レール上にスクラムをくみ、または坐りこみを行いかつ東北門に施錠して貨車(製品搬出のための空車も含む)の入構を阻止して会社の営業を妨害したものであるから右行為はいずれも正当な争議権の範囲を逸脱したものといわなければならない。そして右事実に照らすとかかる行為は将来またくりかえされる虞れがあると認められる。
ただし食糧の搬入については、会社と組合支部との間に協定が成立し、かつ組合支部側において、将来それをも阻止するとの意思がなく、なお会社の下請業者のトラツク等を利用する品物の搬出搬入行為については、その他の事項も含め、右下請業者と組合支部との間で協定が成立しているので、下請業者において右協定に従うかぎり妨害される虞れがない。
次に、仮処分の必要性について考えてみるに、前記の如く会社は営業続行の権利を有しているのにかかわらず、右のごとくそれを妨害されたものであつて、右行為自体が、即ち会社の権利に対する急迫な強暴と認められるうえ、会社は生産再開の不能により、信用上、回復しがたい損害をこうむる危険があると認められる。
第三結論
以上の次第であるので本件仮処分申請は主文記載の範囲内でこれを認容し、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 田口邦雄 賀集唱 小谷欣一)
(別紙省略)